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2011年10月14日 (金)

はむちゃんの散歩道(エッセイ)その1

あの日以来、

「自分は奇跡的に生きている」
「生かされている」
「生きる意味がある」
「生きるとはなにか」

について、考えずにはいられない。

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現時点で感じている自分なりの答えは、、、

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すごいことをしたり、偉い人になったり、有名人になったり、
目立って人々の心に残ることをしなくても、
じゅうぶんに自分が存在する価値があって、

何よりも大切なのは、

日々の暮らしを大切に過ごすこと。

「さまざまなことを体験するために生まれ、生きている」

ということ。

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うれしいこと、悲しいこと、楽しいこと、きらいなこと、成功、失敗、
好きな人、きらいな人、面倒くさい人、もめごと、、、

一瞬一瞬の体験こそが、
生きている、生かされている意味なのではないか。
うれしいこともいやなことも、
人生のこやし。

うまくいかなくて落ち込む日々も、
人生のこやし。

そう思うと、どんな出来事もいとおしい。

いやなことはいやだけど、
人生のこやし、人生のこやし、と思えば、
いつもよりもらくに乗り越えられる。

死んだあと、
宇宙の何もない無の世界の住民になるのだとしたら、

わいわいがやがや泣いたり笑ったり、
すったもんだしたこの世界を、
懐かしく思うのかもしれないね。

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